2012年6月25日月曜日

恩師と弁当箱



大学時代の恩師、I先生から連絡があった。全く新しい原理で動作する電子顕微鏡の開発を手伝わないか、という。
それは面白いですね、是非手伝わせてください。
私は快く応え先生の元へ出向いたのだが、詳しく話を聞いてみると仕事の内容は車で必要な機材を運ぶというものだった。
少々落胆する気持ちはあったものの、まあそれもまた良しかな、と思いその話を受けることにした。

帰宅して部屋の中心に置かれた卓に腰掛け一息ついていると、押し入れの中身が気になり始めた。
そうだ、先日一日掛けてつくった数々の料理を数十個の弁当箱に小分け、押し入れに積み重ねていたのだった。
不安感は次第に膨らんでいく。腐ってしまわないだろうか、と。

(2012.06.18 夜)


2012年4月30日月曜日

夢断片: 理科の授業 兄との会話

夢1

中学校の理科室らしき教室で授業を受けている。
アームのついた台に固定されたフラスコの丸い底が数センチ宙に浮き、よく磨かれた黒地の机に映り込んでいる。フラスコは青く澄んだ液体で満たされており、底の方から小さな泡が浮かんでは消えていく様を私はじっと見つめている。
背後から友人が声を掛けてくる。私は返事をすることもなく、その液体を見つめ続けている。

夢2

料理店のカウンター席に兄と並んで座っている。とても久しぶりに会う兄はどこか他人のようにも思える。
私が兄にどのような暮らしをしているのかと尋ねると、兄はゆっくりとした口調で、市の公務員として働いていること、市が運営する牛レバーの加工工場で出荷数を管理する仕事をしていること、来年にはまた別の仕事へ就く予定であること、などを語ってくれた。
一通り話し終えた兄は「お前は?」と私に返した。考えても考えても頭の中は白くなるばかりで、私はとうとう何も言葉にすることができなかった。

(2012.04.29 夜)

2012年3月24日土曜日

学園祭の準備

学園祭の準備に忙しい。

何を作っているのかは判然としない。夜の校舎に泊まり込んでいるようで、皆が木の板に釘を打ち付けたり、スチール棚を移動させたり、慌ただしく動きまわっている。

クラスの中心であるYが「ネジがない」と騒ぎ始める。
何に使うのかは分からないが、ネジがないと困ったことになるらしい。
心当たりのない私は、寄り集まり騒いでいる皆を尻目に足りなくなった釘を補充しようと立ち上がる。
突然左の袖を引っ張られた。振り返った先には、あまり口をきいたこともなかったクラスメイトのSがうつむき加減で立っていた。

Sは私を二つ隣の教室へ連れて行く。
教室に人気はなく、折り紙の鎖が天井一面に飾り付けられ、廊下の電灯に照らされオレンジ色に染まっている。
黒板の脇には、横倒しにされた自転車が一台転がっていた。
Sは自転車の傍にしゃがみ込み、床を指さし私を呼び寄せる。
その指先へ目を遣ると、リノリウム製の床の継ぎ目が、石膏で埋められているのだろうか、不自然に盛り上がっている。
Sと並んで床に腰を下ろし、石膏の膨らみを爪で削っていると2cmほどの小さなネジが現れた。
Sは、同級生のHがネジをここへ埋めているのを見たのだという。
私にはHがそのようなことをするとは思えなかったのだが、とりあえずネジを手に元の教室へと戻ることにした。

いまだ騒ぎの収まっていない教室の真ん中で腕を組むYに、ネジを見つけたことを伝えると、Yは「どうして、誰が?」
と私に詰め寄った。
私は教室の入り口に立つSへ視線を向けるのだが、Sは言い出しづらそうに目を逸らしている。

私もただ、黙っている。

(2012.03.23 夜)

2012年2月1日水曜日

記録映画の撮影を

友人Yと記録映画の撮影をしている。事故を起こしたスペースシャトルの残骸が、この大きな中学校の校舎にうち捨てられているというのだ。
体育館の舞台袖では数人の女生徒が壁際にならんだ椅子に腰掛け無言のまま化粧にいそしんでいた。芝居の開演が迫っているようで、カメラを向けてもこちらには目もくれない。
体育館から教室が並ぶ校舎へとつながる渡り廊下では、めがねを掛けた細身の男とすれ違った。やはりこちらへ視線を向けることはなく、口元を抑え不気味な笑い声を漏らしている。
靴箱のならぶ正面玄関から外へ出て、校舎を時計回りにぐるりと廻る。よく晴れた青い空。黄色い雲が浮かんでいる。
裏門を出ようとした私たちの前に、突然スペースシャトルの残骸が現れる。大小の破片が無数に散らばり、せき止められた側溝から濁った水があふれている。周囲に人影はない。目的のものを見つけた私たちではあったが、大きな機体の脇にどうしたわけか行儀良く三つならんだ一斗缶に、むしろ惹きつけられている。私たちはカメラを回すのも忘れ、黄色のラベルに赤く太い文字で「タレ」と書かれた一斗缶を指さして笑い続けている。

(暗転)

10m四方ほどの、窓のない殺風景な部屋。中央にパイプベッドが一つ置かれ、子供の頃の友人Kが腰掛けている。
—— やあ、久しぶり。中学生以来だね。最近どう。
会話の糸口を探していると、Kは私に鋭い視線を向け一方的に話し始めた。曰く、市の商工会のコンペに自分が撮った記録映画を出品したのだと。日雇い労働者の日常を撮り続けていたのだと。コンペの結果はもうじきかかってくる電話で分かるのだと。
言葉を挟む余裕もなく、Kの話をじっと聞いていた私は、背中にじわりと汗がにじんでいくのを感じていた。

(2012.01.28 夜)

2011年12月13日火曜日

深い竹林の中に建つ屋敷

深い竹林の中に建つ屋敷。夜が近づいているが、その屋敷には灯りもなく、ただ夕焼けの色づいた光がぼんやりと差し込んでいる。
私が立つ30畳ほどもあろうかという広間からは、開け放たれた玄関から人々の往来が見てとれる。洋装・和装入り交じり、まるで明治時代の光景だ。皆小走りに背の低い生け垣に挟まれた小道を行き交っているが、屋敷の玄関に差し掛かると、そろってちらりとこちらへ目を遣るのだった。
私はなんとか彼らの視線を遮ろうと、様々な種類の織物でできた衝立を広間に並べ始める。
2、30は並べただろうか、その色鮮やかな光景に満足したところで、私は玄関に背を向け裏庭に面した縁側廊下へ向かう。
途中、部屋の隅に目を遣ると、母が畳に座り何かを縫っている。近づいて声をかけると、ちいさな人形を見せてくれた。
縁側廊下を屋敷の奥へ進むと、左手に二階へ上がる階段が現れた。そうだ、二階で探し物があったのだった。そう思った私は階段を塞いでいた低い木製の衝立を脇へ寄せ、ひとつ足を掛けるのだが、見上げた先は暗闇で、それ以上進むことができなくなる。
陽は完全に暮れてしまい、やがて何も見えなくなった。

(2011.12.11 夜)

2011年12月12日月曜日

とある集落/小学校

夢1
とある集落を歩いている。標高がとても高いらしく、周囲には草木も生えず、ごつごつとした岩に囲まれている。
つづら折りの坂道に沿って木造の建物がまばらに並んでいる。私は鰻屋兼温泉宿であるひときわ大きな建物へ入るが、人の姿はない。
しばらく周囲を歩き周った後、坂道を登り切るとロープウェイ乗り場が現れた。券売所の付近に人集りを見つけ近寄ると、小学校の頃のクラスメイトたちだ。皆笑顔で私を迎え入れてくれる。
不安にかられていた私は心からホッとしている。

夢2
小学校の前にいる。隣には幼馴染であるAが立っている。私もAも子供の頃の姿だ。
私とAは突然ケンカを始める。Aがランドセルに唾を吐きかけたと私は言い、そんなことはしていないとAは言う。2、3言い争った後、どちらともなくまあいいか、とケンカは収まった。
小学校に立ち入った私たちは、まるで病院の待合室のような内観に驚いている。校内には私たち以外誰もいない。腹減ったね、とこれまた小学校にあるまじき食堂へ向かうと、テーブルに大きなたこ焼きが4つ並んだ皿が置かれている。

(2011.12.10 夜)

2011年12月8日木曜日

発電所から駅へと続くぬかるんだ道

発電所から駅へと続くぬかるんだ道を友人T、Iと3人で歩いている。
膝まで泥にはまってしまうその道は、ぬかるみというにはあまりに深い泥の川だ。
私たちは汗をかきながら必死に駅へと急ぐのだが、列車に乗ってどこへ行こうというのか、自分には分からない。

駅へ辿り着いたときには、陽はすっかり落ちてしまっていた。
駅前広場の片隅では街灯に照らされた二人のストリートミュージシャンがギターをかき鳴らしている。
音は聞こえない。

(2011.12.07 夜)